あの日 0 1 – 6 0

 

 

2018年、この場で展示をさせていただく機会を得た私は、2020年のある日に小林さんを誘った。

小林さんと共にお寺へ伺い、お上人に境内を案内していただいた。

平賀家の屋敷跡でもあるこの場は今、あじさい寺や四季花の寺として親しまれているそうだ。

 

私たちは広い畳の部屋に到着した。部屋の中央には、私の目線より高い位置に祀られている像が在った。

その右の部屋に鬼子母神像が在った。鬼子母神は子どもの守護神だという。

しかし神になる前は子どもを捕まえて食べることを繰り返していた。

守護神になったのは釈迦に諭されたことによる。

私がここで見た鬼子母神は母や子にまつわる神であり鬼でもある存在だった。

 

私たちは宝物館へ向かった。宝物館には、本土寺にまつわる資料が展示されていた。

その日は運よく年に数回しかないという開放日で、館内は賑やかであった。

左から順に廻り、貴重な像や絵巻物、曼荼羅などを拝見した。

曼荼羅の中のサインのような線は、丸を何重にもしたように記されていた。廻っていると、とんでもない厚みの本のようなものが置いてあった。

大過去帳というらしい。大過去帳には、このお寺に縁のあった人が記録されている。

お上人によると、現在も過去帳の記入は続いているとのこと。

 

宝物殿を後にしようとしたとき、参拝者のお一人が、毎年来ているけど今年はあんまりだねと言った。

私たちがお寺へ伺ったこの日は、秋がそろそろ過ぎようとする頃であった。

四季花の寺として知られる本土寺では、これから紅葉の最盛期を迎えようとしていた。

参拝者の言葉を聞いた時、私は特に何も思わなかった。

後日どのような作品をつくろうかと考えるうちに、あの声を思い出すようになった。

毎年このお寺を訪れる人、毎日訪れる人、かつて訪れた人、訪れることのなかった人のことを思うようになった。

そういえば私たちは境内を案内していただいたあと、お上人から幽霊の話を聞いたのだった。

幽霊………恩田陸の『私の家では何も起こらない』という小説に、丘の上の幽霊屋敷が登場する。

屋敷に今まで住んでいた人の時間、関わった人の記憶が小説に書かれていている。

作者曰く、屋敷である家とは、生の痕跡が残っている場所であり、

そして幽霊との出会いは限りなく個人的な体験で他人と共有できない体験であり、

それは至る所に染み渡った思い出に似ているのだと言う。

思い出………思い出とは…私はよくもの忘れをしてしまい、忘れたことに気が付く度にどうしようもなく悲しくなる。

忘れるものとは眼鏡とか鍵とか財布といった物に限らず、あの日何をしていたか、あの時何を感じていたのかも含む。

カレンダーに予定を書き込むたびに、今書き込んでいる私と、かつて書き込まれたことに沿って動いた、

または動いた自分に沿って書かれた形跡が見えて、いたたまれなくなる。

たしか木村敏は『時間と自己』の中で、時間とは自分の推移だと言っていたが………自分の推移?

鬼子母神像もこの本土寺もあの参拝者も小説の幽霊屋敷もカレンダーの中の私も、私が知りえない人も、それぞれの自らとして推移しているのか。

かつてのことに思いを巡らせ、そして、もしもあの日………、誰も、そして自分でも知ることができないような私的な、幽霊のような思い出があっても良いと思う。

 

 

野村紀子

 

-くりかえし-

 野村 紀子 小林 千夏

2021/8/1-8

 

千葉県 本土寺